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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(あ)188号 決定

本籍並びに住居

山形県北村山郡東根町大字蟹沢三〇六番地内第二号

(現在宮城刑務所在所)

農業

大戸覚

昭和九年四月二四日生

右の者に対する傷害致死被告事件について昭和三二年一二月二六日仙台高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人青柳盛雄の上告趣意第一点は、単なる訴訟法違反の主張にすぎないばかりでなく、官吏でも公務員でもない所論鑑定人の作成する書類に契印することは何ら法の要求するところでない。又同第二点は違憲をいうもその実質は量刑不当の主張にすぎないもので以上いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号、一八一条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

被告人 大戸覚

弁護人青柳盛雄の上告趣意

第一点 原判決は刑事訴訟法第三二六条に違背した第一審判決の違法を看過している。

第一審判決は証拠の標目の項に「医師伊藤美智夫作成の死体解剖鑑定書と題する書面」を挙げている。ところが、この鑑定書なる書面は記録六二丁より六四丁にわたるものであるところ、その末尾には作成者の署名押印はあるが、契印がない。

右書面は被告人が証拠とすることに同意したものではあるが、刑事訴訟法第三二六条第一項は「その書面が作成されたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、これを証拠とすることができる。」と定めているので、このように契印のない書面が果して真正に作成署名者によつて作成されたものであるか否かを確認することができないから、右条項にいう「作成されたときの情況を考慮し相当と認める」ことはできないといわなければならない。

けだし、わが国の法制及び国務上の慣行として押印は自筆ないし自署以上に重要視されており、作成の真実性の保障は契約にあるといつても過言ではない状態であるからである。(なお刑事訴訟規則第五八条第二項参照)

而して、本件においては傷害事件の罪体の認定上普通欠くことのできないものとされている凶器が存在していない。

従つて第一審判決に記載されている刃渡約二十センチの短刀が果して本件の凶器であるか否かは、右書面の記載による以外には客観的な証拠はなく、また死因とされている失血の原因たる、左大腿部の左大腿動脈および同深部大腿動脈切断を伴う長さ約三・五センチメートル、巾約二・五センチメートル、深さ約十五センチメートルに達する刺創一ヵ所」を認定する証拠も右書面以外には何も存在しないのであるから、右の如き違法は判決の結果に重大な影響を及ぼす事実誤認を疑うに足る原因となつている。

第二点 原判決は量刑不当の控訴趣意を排斥しているが、第一審判決が本件につき懲役七年を言渡した理由の一つとして「本件犯罪の一般社会に与える影響は物心両面に渉つて極めて深刻であるところ、かような人の生命、身体を軽視する思想は人権尊重の思想に背馳するところ甚だしく、断固として排斥されなければならないこと」をあげているが、このこと自体は一般的にいうかぎりわれわれも異論はないが、最近判決の確定したいわゆる「ジラード事件」の判決と本件とを対比してみるときは、その余りにも懸隔の甚しく、このジラード事件こそ「人の生命、身体を軽視する思想」の典型的なものであるのに、執行猶予を言渡しているのであるから、本件について殺人罪の量刑に等しい懲役七年を言渡しているのは、明らかに公正妥当な裁判ということはできない。すなわち原判決はこのような明白な道理を無視した点において憲法第三七条第一項に違反しているものというべきである。

以上

(昭和三十二年三月二十二日付)

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